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文化財巡り(4)

埼玉県指定文化財 旧北根代官所 昭和13年指定

 江戸時代に領主に代わって領地支配をしていた郷代官宇野氏(現花園町北根266)の居宅が北根代官所であった。

 江戸時代の旗本領主日野氏が当時、北根村(現花園町)・柏合村(現深谷市)・長在家村(現川本町)を支配していたが、領主は江戸に住んでいたため、ここに代官所を置いていた。
 萱葺き寄棟平屋造りの農家風建築だが、内部には「お白州」と称する訴訟などの事務を取り扱う機能や馬小屋を持ち、間口11間、奥行5間の規模と聞く。また、同家には当時の年貢収納や訴訟関係の文書も残されていると聞く。

花園町指定史跡 永田の弁天池・代次郎ヶ池

 弁天池(花園町永田)は、戦国時代に水不足で潅漑用水に苦しんでいた地元の人たちが井戸を掘り当て、それが池になったものといわれる。代次郎ヶ池は弁天池から約50メートル西へ行ったところにあるが、明治時代に弁天池が枯れそうになったため、明治20年地元の長島代次郎という人が中心となって新たな池を作ったものである。弁天池は現在枯れてしまい、その跡には弁才天があり、児童公園になっている。代次郎ヶ池はいまでも用水として利用されていると聞く。

  

写真は弁天池があったところと代次郎ヶ池

花園町指定無形民俗文化財 永田神代神楽

 写真の永田八幡神社(花園町永田)に伝わる代神楽は、児玉郡神川町の「金鎖(かなさな)神社の流を汲むものといわれ、口伝によるとその起源は西暦1850年代のものとされる。
 現在伝承されている神楽は全部で25座(曲)あり、そのうち上演可能なものは11座ということである。毎年4月15日、神社の例祭のときに境内の神楽殿で上演されるが、あいにく私は観賞の機会に恵まれない。

 

花園町指定歴史資料 長楽寺の青石塔婆

 青石塔婆は、既述のとおり鎌倉時代から戦国時代にかけて数多く作られた供養塔の一種で、この地方では長瀞周辺の結晶片石を利用することから青石塔婆とも呼ばれている。
 この長楽寺(花園町永田699−2)にある板石塔婆は、文応元年(1260)記年名があり、花園町では最古のものだそうだ。

  

写真は、長楽寺と境内の青石塔婆

 

 

  

町の歴史


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